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1Q84 BOOK 1 |村上 春樹

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1Q84 BOOK 11Q84 BOOK 1
村上 春樹
新潮社 刊
発売日 2009-05-29




商業戦略の成功 2009-07-17
1Q84 BOOK 1

装丁。売られるまでの長い期間と沈黙。
これまでよりクリアなタイトルと設定。

基本的な内容は少し変われど、過去の彼の作品とあまり違わない。

全く異なるのは、長編にもかかわらずわかりやすいキャラクター設定とデザイン、

読みやすい文体。

ふかえりが指摘されたことと全く同じことを誰かが書き直したみたいだ。

例えば、タイトルが「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」と「1Q84」どちらが覚えやすい?「羊」「やみくろ」に対して「ふかえり」「リトル・ピープル」のどちらがイメージしやすい?

丁寧で俗説的な描写と、宗教という現実世界に通ずるテーマ。

あとはいつもの村上ワールドなんだけど、これは徹底的に売ろうと彼か誰かが決めて作られた壮大なプロジェクトだと思う。私がやっと手にいれたのは第12版だ。おそらくいつもは村上作品に手を伸ばさない人も買ったくらいエンターテイメント性に比較的優れているからだと思う。

これも何故かふかえり現象と重なる。

村上さん、バックに誰かいませんか?それともこれもあなたがしかけた悪戯ですか?

見た目のとっつきやすさが酷評を生む? 2009-07-16
特にBook1のストーリーは「ワクワクドキドキ感」があり、「大ベストセラーです!」「品薄です!」という世評・マスコミによる喧伝につられて読み始めた人も、いわゆる“フツー”の小説として楽しめる要素があると思う。
であるがゆえに、それらの人たちがいつも気軽に読んでいる小説と同様のわかりやすいエンタメ性やメッセージ性を求めてしまうのかもしれない。しかし残念ながら、この小説はいかにも“村上春樹的”であり、そもそも村上春樹的な小説とはそんなにわかりやすいものではない。
で、特にBook2や結末に対する不満や酷評が生まれてしまうのではないかと。

私個人は、今回の『1Q84』は楽しく読めました。ファンタジーであり、ラブストリーであり、(読みようによっては)警世の書であり。言葉で表現しきれぬものを表現しようと試みつつ、読者に対する説明を拒否する面もある。複層的重層的な「人間」「社会」「世界」が表現されているように感じました。

読み始めたら止まらない 2009-07-15
名前は知ってたけど、村上春樹先生の作品を読むのは1Q84が初めてです。TVの情報番組で話題になってるのをみて、読んでみようと思いました。はっきり言えば今旬の話題に便乗した形です。
BOOK1を読んだ感想は、早く2を読みたい、でした。青豆と天吾という2人の主人公は、東京でまったく異なる生活を送り、異なる生き方を送っていたが、それぞれが別の事情で関わった事が、1つの事件に繋がっていく。こういう話は好きです。時々、かなり非現実的なシーン(ファンタジーなら現実的と取れる)に、えっ?っと思う事もありましたが、そういう話だと思って読めば楽しめます。
読み始めると続きが気になって、夜遅くまで読んでしまいます。青豆と天吾の話が交互に描かれている事が、余計にその展開が気になって止められません。BOOK2を読み始める所ですが、今後の展開に目が離せません。

無意識の領域がゆっくりとかき混ぜられるよう 2009-07-14
うん、やっぱり村上春樹はいいですね。
読んでいると、無意識の領域がゆっくりとかき混ぜられ、、脳髄の奥のほうがトローンとしてくるような感覚があります。
どうやったらこんな文章が書けるようになるんだろう?

BOOK1・BOOK2あわせて1000ページを超える大作ですが、一気に読んでしまいました。
(この3日間、仕事しているときと寝ているとき以外はコレを読んでました。)

青豆とは天吾の妄想ではないのか 2009-07-14
 文章はいつもながらスタイリッシュで、楽しみ味わいながら読むことができました。2巻を読み終わって、作中の書評にあるように「途方にくれて」「置き去りにされたような気分」になりました。それもまた、文中で述べられているように「作者の意図したこと」なのかもしれません。多くの人が指摘しているように、BOOK3を期待してしましますね。
 ところで、天吾って、男性にとっては理想的なポジションにいますよね。仕事においては自分の得意な技能(数学)を生かして、ほどほどの収入を得ており、しかも責任とかストレスとは無縁で、自分の好きな小説を書いていて、それも才能があって近い将来の成功が約束されたような形で不安はない。自分にセックス以外の何も要求しない年上のセックスフレンドがいて週に一回の向こうから出向いてきて性欲処理をしてくれる。非常な美少女と仲良くなって、よくわからないうちにその美少女が自分の上で腰を振って射精をさせられ、おまけに妊娠しないから心配しなくていいと言う。小学校のときに1回だけ親切にした少女は30才になるまで天吾のことだけを想い続けている。なんだか、登場人物が皆さえない主人公に惚れてしまうという少年少女漫画みたいですね。それに引き比べて、天吾自体が何を行ったかというと、「空気さなぎ」のリライトのみです。徹底的に引きこもりタイプで人とかかわろうとしていません。年上のセックスフレンドが「失われてしまった」ら、さっさとあきらめてしまいます。
 話自体は面白いし、青豆に関わる人達の描写なんかは好きなのですが、イマイチ「良かった」と言い切れないのは、こんな理由です。青豆の存在自体が妄想なんじゃないだろうか、と思ってしまいます。
 おまけ。この本を読んで、「起こらなかった過去」による別の現実、というものを非常にインパクトを持って語ったマンガを思い出しました。清水玲子の「月の子」です。私達が生きているのが、間違った世界なのかも、という気分にさせられます。


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